2013年7月31日水曜日

ふるさとことば

夫は 信州飯田に生まれた。
 
義母を看に帰省すると いなかのことばを連れてくる。

「きよく」 「おたべて」

(さあ 遠慮せずに 召し上がれ)

しまうりの粕漬け 五平もち

白いエプロンの義母

台所に立つ 後ろ姿

義母は 今年94歳になった。

なつかしい おふくろの味のお返しに

いまいち の

よめの味を 届けよう。

2012年12月10日月曜日

夢幻

天井の 一点のしみが ひろがっていく  

やがて それは 壁を伝い

白い 炎となって 燃え上がる

炎は 私の頬をなで せなかをなめ尽くし

両の手の先から めらめらと たちのぼる

私は はてしない 夢幻のなかを たゆたい

そして

突然 夜のただなかに おとされた

2012年11月29日木曜日

じょうど

ながい闇をぬけて 

舟は 青い川面を すべってゆく



遠くに 白い丘が みえてきた

小さな花も草も 霜をまとったよう

丘の上には 幾人ものひとが ならんでいて

女のひとだろうか 男のひとだろうか

老人だろうか まだ子どもだろうか

みな きよらかな

透き通るような ほほえみをうかべ

たたずんでいる

ながい衣の裾は かすかな風にも

揺らぐことは ない 

ああ

ここが 浄土という ところなのだ

あの 人たちにくらべ

わたしは なんと  なまなましく

醜いことだろう

2012年10月13日土曜日

秋庭

そっとつまんだ指先で

線香花火は 身を捩る

ちちっ ちちっ

ぽとりと落ちて 闇がうまれる

また

ぽとりと落ちて 闇がうまれる

2012年9月16日日曜日

風の又三郎

また この季節がめぐって来た 

  どっどど どどうど どどうど どどう
  
  ああまいりんごも吹きとばせ

  すっぱいりんごも吹きとばせ

  どっどど どどうど どどうど どどう

風の又三郎の冒頭の文章

又三郎は 九月一日 谷川の岸の小さな学校に 

風のようにあらわれ そして 去っていく

小学生のとき この本に出会った私は 

たちまち 魅了された

何度 読み返したことだろう

眼を閉じると 髪はさわさわと波立ち

胸は どきどきと 高鳴った

たかい空 風のにおいに 秋の訪れを感じた


いつまで 暑さがつづくのか

空を見上げても 又三郎は まだ やって来ない

だが本だけは 本棚の中に しっかりと

存在を 示している

2012年6月29日金曜日

日常

朝刊を配るバイクの音

走り始める車

小鳥のさえずり

出勤する娘の足音

庭を掃く気配

アトリエのパソコンの音

珈琲の香り

洗濯機のまわる音

登校途中の自転車のベル

やわらかな日差し

庭の夏椿

田んぼを渡る風

飛び立つ白鷺の群れ

ベランダで呼ぶ猫の声

長くなる影

男の子達の甲高い笑い声

夕餉の支度

ニュースの声

無責任な政治家の答弁

夕食での話題

シャワーの音

香水の香り

古い写真立ての中の

父のはにかんだ笑顔

時を刻む秒針

明かりのついたアトリエ

今日も一日が終わる

何気ない

日常

2012年6月24日日曜日

風が でた

樹の枝を ざわざわと 揺らす

影が 大きく うねっている

わたしも

揺れて いるようだ